約3ヶ月間「パニック障害からの生還」にお付き合い頂き
ありがとうございました。
パニック障害から生還した私は、もっと体のことについて勉強をする必要があると考え、まず、健康全般について体系的に学ぶことができる『健康管理士一般指導員』の資格を2009年10月に取得。そしてその学びの中でも出てきた、メンタルヘルスについてもっと突っ込んで勉強する必要性を感じ、また、自分がなぜパニック障害になってしまったのか、そして今後ならないためにと考え、メンタルヘルスについて勉強し、2009年11月に『メンタルヘルス心理士』の資格を取得しました。
また、知識の吸収のみならず、実際の現場、職場にも生かせるものに発展させていくには、何を身につける必要があるかと考え、カウンセリングについて必要性を感じ、2011年3月に『産業カウンセラー』の資格を取得しました。
そして、更に自分を強くしたいと思い、産業カウンセラー試験の翌週から、新たな勉強をスタートさせました。
実はその資格試験が半年後の11月にあります。
私にとって全くの新しい分野でのトライであり、試験に向けて全力で取り組みたいと考え、ブログの更新をしばらくの間お休みすることに決めました。
読者登録をして下さっている皆様や、ご訪問頂いている皆様には大変申し訳ございませんが、ご理解頂ければ幸いです。
(皆様のブログにはお邪魔させて下さいね)
最後に
長い人生あなたは今どこを走っていますか。
本当は一人の人でも幾つもの道を歩いていたり、走っていたり、ジャンプしていたりしているはずです。
会社での道、家庭の道、自分の道、親としての道、家長としての道、会社以外での道、など色々な道があり、いろいろな曲がり角があるはずです。
パニック障害になることで、様々なことを考え、また、新しい道を発見することもできるかもしれません。
病欠で休んだ数か月いろいろなことを考えるでしょう。
でも、考えすぎは禁物です。考えすぎて煮詰まるとろくなことはありません。
考えすぎるより、素直に今の自分を認め、これでいいんだ。このままでいいんだと思うことで楽になりましょう。
そして、新たな自分を発見して、その自分が本来の自分であると認め、今までの自分をゼロリセットして、その上に新たな自分、新たな道を築いていってください。
そう、きっと築けるはずです。そう信じています。
最後にこれから願うこと
この病気で苦しんでいる方々。本当に苦しいですよね。このまま死んでしまうような恐怖感を感じますよね。
でも一つ一つクリアしていけば、その時その時の自分を認めてあげれば、気持ちはずっと楽になり、前に進みだします。
神様が与えた試練だとか、神様は超えられない壁は与えないものです。とかいいますが、そんなことは気にしないでください。
気にするからしんどくなるのです。俺にもできるはず、私にもできるはず、と思うから苦しくなるのです。
むしろ、いろいろあって当たり前と思うことです。
一人一人症状や発作の出るパターンや、トラウマも違うものです。
それと同じなんです。いろいろあって当たり前なんです。と認めることからスタートしましょう。
そして一歩一歩、子供がつかまり立ちからよちよち歩きに、ぁーぁー、からママ、パパと言えようになり、育つように、あなた自身も育って行けばいいのです。それこそが、神様があなたにくれた休憩なんだと思います。
回復への道(2)
決して焦らず、一歩づつ、止まる時や、後ろに下がることもあります。
でもそれはそれで事実として認めてあげることは、肩肘を張らずにいいことだと思います。
ちょっと前と違うから、昔こうだったからではないのです。
その時点その時点での自分が「素」の自分なんです。
そしてその「素」の自分でいいんだ。
そう思うと気がぐんと楽になりました。
そして、こういったことをつみかさね、私はパニック障害から生還しました。
回復への道(1)
今から思うと完全に回復という言葉は、一つひとつのトラウマを乗り越えての話であり、5月末に発病し、2か月半の病欠をし、10月に人事異動して、いい上司に巡り合い、良いと思われることはすべて行い、これらのことを一つ一つクリアして、その時点その時点が回復へのポイントだと思います。
何月何日に完全回復しました、っという病気ではないと思います。
でも、本人だけではなく、周りの協力や、環境の変化、できなかったことが一つ一つできるようになる。
大丈夫なことを体が覚えることによって、恐怖心は消えていくものだと思います。
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甘えがでてきた(2)
「雨だなぁ。いやだなぁ。」
思ってしまうと、なんとなく動悸がするような気がする。
そんな状況になっていたころだと思います。
主治医にも、
「少しづつにしても、不安感をうまくコントロールできるようになってきてますね。焦らなくていいですけど。自信を持っていきましょう」
と言われていました。
思い出す必要もないのに、嫌なことをわざわざ思い出して、それに甘えている自分がそこにいました。
そんな自分をそのまま認めてあげていい時もあるのでしょうけど、その時点では認めない方が良い時期だったと思います。
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甘えがでてきた(1)
「今日も雨だから少しくらい遅れてもいいや」
っと心のどこかにあった時のことです。実際少し出社が遅れてしまいました。
するとすかさず上司から
「昨日はこれより酷い雨でも平気だったのに、なぜ今日は駄目だったの?」と言われてしまいました。
完全に見透かされていたのです。
いつの間にかこのパニック障害にかまけて怠け者になっていたのかも知れません。
いつも笑いが、時には厳しく
些細なことでも人をほめたり、笑わしたりと、恵まれた職場環境でした。
たとえば、大雨の朝などは
「よく定時までに出社できたね。これで雨もクリア。おみごと」
などと、本当は辛くて辛くて、呼吸を整えるのに必死になって出社したところで、その苦しみを理解してくれていて、さりげなく、しかも冗談っぽく言ってほめてくれたりしました。
その時は、本当に嬉しくて、大雨の時に傘にあたる雨の音や、ぐしょぐしょになって満員電車の中での不安感など、いつ発作が起きてもおかしくない状況だったのですが、こんな上司の言葉で、癒されました。
私は本当にいい上司に恵まれました。
夕方になると天気予報をネットで調べて
「今日はこれから雨だから、コアタイム終わっているから無理せず帰った方がいいよ」
「そのうち夜の雨も大丈夫になるから焦る必要はない。一歩一歩行こう」
と言ってくれたりもしました。
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仕事にも少しづつ幅が(2)
幸いいい上司に恵まれという話は先にしましたが、なによりその上司からの話しかけ、仕事の話もありますが、むしろそれ以外のことの方が多かったり、ついつい笑ってしまうことだったり、と一人で孤立感がなかったことも、良くなる大きな要因だと思っています。
単に会社に来て、忍耐訓練のように、机に座りパソコンで黙々と・・・。
健康な人間でもそれだけでは息が詰まってしまうものですが、パニック障害やメンタル系の疾患の復帰に伴う、職場環境というのは、本当に大切なんだなと、痛感しました。
仕事にも少しづつ幅が(1)
良いと思われることをいろいろ試し、自分に合っているものを継続的に続けていくことにより、自分に少しづつですが、自信が持てるようになって来ました。
そうすると不思議なもので、会社でも少しづつ、発作のことを考えることが自然に減って来ました。
仕事のことが手に付き始めたのです。
勿論、すぐにそして一日中はとはいきませんが、確実に日を追って集中できる時間ができてきました。